霧中暗中ブログ

夢も希望もない三十代の日記です

私が雑念や妄想に振り回されるようになった理由

 仕事中の私はとにかく雑念に溢れている。仕事中もそうじゃない時も集中力がなく、あれやこれやと、関係のないことに思考を巡らせる。今の仕事に就いてからはもっぱら苦手な上司にキレる妄想ばかりしている。仕事に集中している時が無い。仕事を曲りなりにもこなせているのが不思議なくらいだ。気づいたら頭の中を雑念に支配されている。これは昔からの私の性質で、死ぬまで変わらないと思う。

 私は幼いころ、お化けや幽霊というものをとにかく恐れていた。父親は、子供は早く寝ろと指導していたので、末っ子だった私は親兄弟が居間でテレビを見ている中、二階の寝室で一人で寝なければいけなかった。薄暗い寝室が私はとても怖く、毎日毎日いつ幽霊が出るのかびくびく怯えながら就寝しなければならなかった。

 そんな中、幼い私はあることに興味を抱いた。その興味は子どもながら私を強烈に惹きつけた。暗闇に怯えてなかなか寝付けなかった時間をその興味で頭を満たした。妄想に走った。その妄想をしている間は、私は暗闇を忘れることができた。おそらく4歳くらいの時にはその妄想に頭を支配されるようになった。

 怖さを忘れるために妄想に逃げたというよりも、暗くて怖くて眠れない時間を妄想が埋めたと言った方がいい。全くの推論でしかないが、その頃からの習慣が、今の私の妄想癖の基礎になったのではないかと思っている。そうやって30年近く妄想ばかりしてきた癖がこの人生単位でどれほど大きいものか。

 他の人がどうなのかはわからない。誰だってそうなのかもしれない。とにかく私は余計なことを考えすぎる。あれやこれやと心配ばかりして不安になる。頭の中で起こってもいないことをこねくり回す。

 そうやって今起きている現実から目が離れていく。頭の中の想像に支配されていく。その想像はどう足掻いても拭い去れないくらい強い力で私を押しつぶそうとする。一時期現実に戻ってくる練習というものを自分で考えて実行したことがあるがうまくいかなかった。時計の針の音から意識が離れないように新聞のコラムを書き写すという練習だった。これは本当に効果があるのかななどと考えていたらいつの間にかやらなくなっていた。

 仕事中にぼんやりするのは怪我に繋がることだ。怪我だけはしないように気を付けたい。

指示待ち人間が心の中で思っていること

 いつもの事だが、なんとなく今日の仕事はだるかった。今週中に嫌いな業務が二つほど待ち構えているのだ。さっさと終わらせてしまいたいが、忙しくてそれどころではなかった。

 自分に裁量がある仕事は苦手だ。自分で時間割を自由に作れるのはいいと思う。ある程度仕事ができるようになってきたら必要なスキルだと思う。しかし、そうやって自分で考えて自由に動いて、後々なんでこれをやらないのかとか、なぜ今それをやっているのかとか、文句を言われるのは嫌いだ。

 私の場合、自分で考えるのが苦手で、おまけに億劫なので、指示を出された時が何より楽でその時間安心して作業ができる。しかし自分の裁量で動く場合、いつもこれは正解なのかと不安でいつ注意を受けるのか考えてイライラしながら作業することになる。

 言われたことをやる。高校まではそれでよかった。これを勉強しなさい、あれを勉強しなさいと言われ、その通りにやっているだけで成績も上位にいることができた。出された課題を言われた通りにこなす。それが良い生徒だった。そうやって生きてきたものだから、大学に入ってからつまづいた。好きなことを研究しなさい。自由な活動をしなさい。急にレールが外された気がして戸惑った。何をやればいいのか全くわからない。学びたいことも特にない。結局私は大学生活を謳歌することはできなかった。

 社会人になってからも同じだ。私は無能な指示待ち人間の一人だ。自分で考えて動かない。思考が停止している。指示されてようやく歯車の一つになれる。上司も呆れているだろう。私の仕事嫌いの大きな原因は指示をされないと動けない自分自身にある。自由にさせられた途端不安になる。

 自分で考えて動くのは正社員として戦うための必須のスキルだろう。よく上司に言われる。俺に聞かないでくれ、俺が答えるのは簡単だがそれでは身にならないから、と。私はこれが大嫌いで、大人として当然のことを説教されているにもかかわらず、私は内心舌打ちしてしまう。

 正社員とフリーター。この間を私は行ったり来たりしている。職歴が実際そうなのだが、心もその二つの間で揺れ動いている。もう正社員なんて辞めてやる。でもフリーターになるのは不安だ。そんな感じの状態がずっと続いている。今は一応正社員なのだ。自分で考えて動く。この社会人ならごく当たり前のことを私はこれから身に着けられるだろうか。 

散々スマホに費やしてきた時間はもう戻らない

 いつも仕事が終わって帰ってきたとき、もしくは休日で家にいるとき、それは余暇というのだろうがその余暇の使い方が絶望的に良くない。まず家に帰ってきてすることは夕飯を食べることだ。これに関しては腹が減っているので迅速かつ短時間で終わる。

 そのあとがまずい。シャワー浴びるなり風呂に入るなりしなければいけないのだが、気持ちがついていかない。めんどくさい。これをこなすには我慢が必要だ。入りたくないという怠け心でついついスマホを眺める。というよりスマホに逃げる。スマホを手に取るとYouTubeなりティックトックを2時間くらい見ている。いくらでも見ていられる。時間はあっという間に過ぎていく。風呂に入らなくていいならそのまま深夜になるまで見ているだろう。それでも我慢してなんとか風呂に入って出てくると、結局寝なければいけない時間の1時間前とかになっている。そのあとはもう何もできない。1時間では何もできない。何もできないというのは幻想なのだが、それは置いておく。

 時間を有効に使いたいならまずスマホ欲を抑えなくてはいけない。私にとってスマホを眺める作業はかなり不毛に近い。楽しいし、楽だし、暇潰しに最高だし、これぞ文明の利器なのだが、昨日の晩御飯何食べたのか覚えていないのと同様、スマホで何を見たのかすら覚えていないのだ。あれだけ時間を費やし一生懸命眺めて得られるものが一つもないのだ。

 煙草と一緒だ。多分スマホを眺めている時何かしらの快感を感じる物質が脳内から出ている。知らないが。私は10年以上前からかなり依存している。有名なインターネット掲示板を一日何時間も眺めてきた。暇さえあれば携帯電話、スマホを眺め続けて10年だ。一体今までにどれほどの時間をそれらに費やしてきたのかわからない。それがいい事なのか悪い事なのか私には判断できかねるが、それだけ時間が膨大になると、人生だって変わってくるだろう。

 今までの経験で我慢というものは早かれ遅かれ破たんするものだと心得ている。だから自然体でいたいのだがそんなことも言っていられない場面は多々ある。病気になってからじゃ遅いし何かを失ってからでは遅い。我慢という形ではなく、習慣を変えたい。徐々に徐々に減らしていって気づいたらやらなくなっていた、というふうに。多少なりに痛みは伴うが、我慢し続けて爆発させるよりは方向性は間違っていないと思う。

 余暇の使い方に話を戻すと、今までは暇さえあればスマホに手が伸びて、際限なく眺めてしまっていた。スマホを我慢するのではなく、スマホを眺める時間というものを作ってあげてその時間外は極力スマホから離れる我慢(結局我慢ではあるが)が必要かもしれない。一日10分(10分どころではないが)で、一年で60時間。塵も積もれば山となる。ほんとにその時間をもっと有効に使いたい。

 

有名なラーメン屋に行ったが覚悟ができていなかった

 今日は休日で暇だったので一人でラーメンでも食べに行こうと思い立った。地元はラーメン激戦区のような場所ではなくどちらかと言えばラーメン途上区。しかしもちろん美味しいお店はたくさんある。その中でも私が勝手に御三家と思っているお店がある。その三つのお店は全部煮干し系のラーメンが売りのお店。私自身はとりわけ煮干し系が好きなわけではないが、なんだろう、勝手に全国で通用するラーメン屋さんだと思って自分の中で御三家などと呼んでいる。グルメリポーターみたいなことは言えないけど、本格的でうまい。単なる好みだと理解しているがラーメン好きはこういうラーメンが好きなはずと勝手に思っている。一通り回ったのだが、また食べたくなったので先月、そのうちの二つのお店に行ってきた。そして今日はもう一つのお店に行こうと思い立った。

 甘く見ていた。自分で御三家などと呼んでおきながら、そこまで混んではいないだろうと踏んでいた。時間もお昼からずれた13時過ぎだった。お店横の駐車場には10台近く車が止まっていてほぼ満車。私の後ろにも食べに来たであろう車が2台くらいついていた。お店の前には人が20人くらい並んでいた。とりあえず並んでみる。10分くらいその場にいたが先頭がなかなか店に入らない。1時間コースか、それ以上か。外は日照り。思い付きで来たのでそこまで我慢する覚悟はなかった。やめた。列から離脱する時の敗北感、屈辱感。まわりからの冷たい視線。とぼとぼと下を向いてそこを離れた。

 どこでご飯を食べようか、ラーメンを食べるつもりだったのだから山岡家にでもしようか。とりあえず煙草でも買おうとセブンイレブンに入って結局そこでお昼も購入した。パリパリの揚げ麺の上にサラダがのっかていてドレッシングをかけていただくやつ。車の中で食べたが美味しかった。美味しいラーメンを食べに家を出たはずが、コンビニの主食なのかサラダなのかよくわからないものを食べて満足して家に帰った。

 今日は日曜日。それが敗因だ。一人で行ったのも敗因だ。煙草を切らしていたのも敗因だ。いろいろ敗因はあるが、なにより私には覚悟がなかった。甘く見ていたのだ。勝手に御三家呼びしておきながら行列ができているとまで思わなかった。次は平日のお昼過ぎに知り合いでも連れていこう。

プライドが高く繊細な人間のぼやき

 私はプライドが高く、繊細で傷つきやすい。そして厄介なのは怠け者であることだ。だから職場では、いかにして、ストレスを溜めずにその場を逃げ切るかを考えている。上司に何かを咎められるのではないかとびくびくして、顔を合わせるのもつらい。それでもミスは許されないので、仕方なく上司と連絡をとりつつ最低限の仕事をする。そんな調子だから、周りからは仕事ができない、やる気がないなどと評価を受ける。しかし私は元来プライドが高くできているのでそんな評価を受けるのは気が収まらない。馬鹿にされるとカチンときたり、落ち込んだりする。しかし能力のない自分がパフォーマンスを上げるには、必死になって頭を使い、周りを見渡し、きびきびと動かなければならない。それにはかなりの労力を必要とするわけで、心をすり減らしてまで仕事をしたくない私は楽な方へ楽な方へと逃げる。そういう働き方をしているので成長のスピードは驚くほど遅い。そしていつもの癖だが、他人と比べて一喜一憂する。自分より劣った人間を見つけてはほくそ笑み、自分より優れた人間を見つけて落胆する。そこに自分の生きがいを見出すようになってしまっている。この仕事はやりたい仕事ではないと言い訳にして、今をおろそかにしている。

 とかなんとか言って、単純に働くことが嫌いなのだ。何をやっても仕事ができないことに変わりはない。能力が無いのだ。能力のある人は嫌いな仕事だろうが結果を残す。能力が無いから仕事が嫌いなのだ。そうやって苦しんでいればいいのだ。

 明日はまた、面倒な仕事がある。その面倒な仕事のために今からくさくさしている。どうしてもその面倒な仕事一点にフォーカスしてしまう。上司の顔が頭に浮かぶ。不安になる。失敗したらどうしよう。怒られたらどうしよう。明日、仕事がうまくいったらいいな。

今の職に就いて3年半目で思うこと

 明日も仕事だと思うと気が重くなる。仕事に対して嫌なイメージが出来上がっている。上司の顔が頭に浮かぶ。

 嫌なことから逃げていたら成長しない。考えることを止めたら成長しない。でも、やりたい仕事じゃないから、仕方なくやってるから、成長しなくてもいいと思う。そうやって今を頑張れない人間は何をやっても成長できないのだろう。

 今の仕事をずっと続けたいとは思わない。いつか辞めるだろう。でもやりたい仕事があるわけじゃない。多分この先も見つからないだろう。

 3年半もよく我慢して仕事を続けてこれたと感慨にふける。今までの職歴は最長で1年半。二倍以上も働いている。フリーターと正社員を行ったり来たりの私がよくもまあ3年半も持ったな。決して自分の力ではない。私のような人間など普通だったらすぐに排除されている。こんな私を何度も引き留めて必要だと言ってくれた人がいた。

 もう疲れたけど惰性でやってくしかない。情けない人生だ。弱い人間だ。こうして内省ばかりして感傷に浸っている。そういう人生なのかもしれない。もっとやる気に満ちた生き方がしたい。

野球部で頑張った結果、夢も希望もない人間になった話

 高校時代、野球部に所属していた。入学当初は何部に入ろうか迷っていた。心身ともにたくましい男に憧れていた当時の私はその学校の中でも厳しいと言われる部活をいくつかリストに挙げていた。結局その中から小学生から続けていた野球部に入った。強豪校とはかけ離れた学校ではあったが、練習はそれなりにきつかった。

 根が意気地のない小心者の私であるが、まだその当時、厳しい練習を必死にこなしていれば屈強な男に成長できると信じていた。体ももちろんがっちりとした体格になりたかったのだが、なにより精神力を身につけたかった。自分が弱い人間であることをはっきり認識していた。おそらく将来に怯えていたと思う。来るべき未来に備えて、無敵の男になろうと思っていたのだろう。

 結論から言うと、強い男にはなれなかった。社会に怯え、他者を怖がる、弱弱しい男になってしまった。なった、というよりもともとそうだった。何も変えられなかった。その三年夏までの部活動を振り返ると、今になって思うことだが、真面目すぎたなと。気持ちを緩めることができなかった。みんなが手を抜いて練習している場面で、一人むきになって取り組んだり、みんな顧問の悪口を言っていたが、私は言わなかった。

 結局、力の抜き方を知らなかった私は、心がへとへとに疲れた状態で三年の夏の大会を迎えた。あんなに真面目に練習をしていた私だが、最後の大会では早く負けろと祈っていた。早くこんな部活から離れたい、その一心だった。

 過去を振り返ってみてどうもそれ以降、自分を追い込むということはしないようになった気がする。何かに挑戦はするけど、頓挫した時に落ち込まないように自分に負荷をかけ過ぎないようになったかもしれない。ブレーキを使うようになった、と表現したい。どうでもいいところでならいくらブレーキを踏んでもいいが、大事なところでブレーキをかけ過ぎて、失敗することもある。アクセルを踏み込めなくなった気もする。

 結局、大学へ進学して、なんやかんやあって社会に出たものの、高校時代の私が夢見ていた屈強な男にはなれなかった。夢も希望もない、ダメな大人になってしまった。子供の頃一番なりたくない大人になってしまった。