工場労働者の雑記

もう少し頑張りたい三十代の日記です

異動してきてから10ヶ月が経ち

こんばんは

 

私が今の部署に異動して、早10ヶ月が経とうとしています。このブログにおいて、あまり仕事の話を書かなくなったのは、はっきり言ってしまえば仕事が楽になったからです。また仕事をおろそかにしているからと言うこともできます。

 

前の部署にいたときはほんとに辛かったです。であれば生活の中心はやはり仕事でした。一日中、仕事のことを考えなければいけない状況でした。それがいいか悪いかは置いといて、とても苦しい日々でした。

 

今の私は仕事のことなどほとんど考えていません。自分の意志次第ですから、環境のせいにするつもりはありません。しかし、一体誰のお陰でこんなにのびのびと仕事ができるでしょうか。仕事をしながらあらぬことを延々考えています。だから大した仕事などしていないのです。それでいて今の課にいると自分は仕事ができている、自分はすごいなどと思ってしまうから不思議です。

 

楽して仕事をしているさなかにこれでいいのだろうかと、ふと湧き上がる不安。甘いなあ、ぬるいなあと、言葉は出てきますが、心はこの今の状況にどっぷりと浸かっています。問題はやはり、これでいいのだろうか、ということです。

 

そうやって真面目ぶっても仕方ありません。気持ちにはしっかりブレーキがかかっています。これ以上自分を追い込むなと。

 

価値観の問題でしょうか。自分がいいならそれでいいじゃないか。そういうことなんだと思います。ただ将来を考えるとそうも言っていられないと、私はふと不安になる、それだけです。

理性に従いたい

こんばんは

 

スマホを片時も手放すことができません。食事の時、煙草を吸う時、トイレに行っても、お風呂に行っても、歯磨きする時、就寝する前ですらスマホとにらめっこをしています。隙さえあればスマホです。

 

何かで見たうる覚えの情報ですが、スマホは中毒性があるように作られていると聞いた気がします。私なんかはホントそうだよなと信じてしまいます。

 

スマホを本に代えられないだろうか、といつも考えています。スマホは短時間で没入できてしまうという特徴があります。一方、読書はほんの隙間時間ではできません。トイレに行くとか、歯を磨くとか、そんな時間に片手に持っているものをスマホから本に代えられたら理想なんですが。またスマホは暗闇でも見られるというのがにくいですよね。

 

私の中では、スマホを見るというのは欲求を満たすことです。読書はどちらかというとお勉強に近いです。欲求に従うか、理性に従うか。理想は理性に従いたいのですが、どうしても欲求が勝ってしまいます。

 

スマホにまんまと支配されている私は、このままでいいのだろうか、このまま行くとどんな結果につながるのだろうかと、不安になってしまいます。スマホで読書をするのはどうだろうか。逆転の発想だと思うのですが。

何もできないし、どうにもできない日々

どうにもこうにも日々は過ぎていき、ああもう駄目だと思うことばかりの日々。

 

そんな中でも、スマホを眺めてクスッと笑ったりしてる自分にびっくりします。ああ贅沢な悩みなんだなあと実感します。

 

戻ってこない日々なんか忘れてしまいたいです。最近、上向いてきた人生、この幸せの時間を後悔に費やすのか。仕事も私生活も順調で良好な私は、この贅沢な悩みをいつまで引っ張るつもりか。

 

愚か者な私は煙草を吸って、ああ生きているなあと実感しています。最近本数も増えてきました。美味しいなら美味しいと思って吸えばいいのに、ただ闇雲なんです。

 

何もできないくせに贅沢ばかり言うな、できた気になるな。その贅沢が私を狂わそうとしています。私はやはり愚か者です。幸せなのに。

どうにかなってほしい

何だか全てを失うのではないか。

 

何でこんなにもざわざわするのか。

 

何を一人で、はしゃいでいるのか。

 

何もできない。

 

何もできないまま、それが嫌で、でもどうすることもできない。

 

きっと十年後の心境はまた違うのだろう。

 

変わっていてほしい。全てが上向いていてほしい。

 

このままの努力で、生活で、幸せであってほしい。

 

人に生かされて生きている私がどうか少しでも成長していてほしい。

 

なるようになったように、またこれからもなるようになってほしい。

 

後悔のある選択はしないでほしい。

父親と牛丼

こんばんは

 

今日は牛丼を買いました。父親が牛丼が好きだったので仏壇にお供えしました。

 

父親と二人で行った最後の外食も牛丼でした。

 

子どもの頃、父親がよく牛丼を買ってきてくれました。

 

あの時代から「すき家」ってあったんでしょうか。というかあの頃から父親は牛丼が好きだったのでしょうか。多分好きだったのでしょう。

 

父親は外食が大好きでした。ココスのハンバーグが好きだったらしいです。たしかにココスでハンバーグ以外のものを食べているのを見たことが無いです。

 

ラーメンが好きでした。寿司が好きでした。お好み焼きが好きでした。鰻が好きでした。

 

塩っ辛いものが好きだったんです。醤油もソースもどばどばと。

 

体を壊してもそのスタイルが変わらないので心配はしていましたが。

 

父親が子供の頃は外食なんてなかったらしいです。ただ一度、親戚にラーメンを食べに連れて行ってもらったそうです。その時食べたラーメンが忘れられないとも。

 

本当はもっと父親と外食に出かけたかったです。でもそれは父親が亡くなった後に思った事ですが。

 

牛丼のイラスト

 

 

空振り

こんばんは

なんだか外が涼しくて気持ちのいい夜ですね。虫の音も聞こえてきます。


適当に生きてきたわけではないですが、どうにもこうにも頑張れない日々を過ごしてきました。頑張ろう、周りから認められる大人になろう、そう思って生きてきた私にとってそういう怠惰な生活を過ごすことはまるで泥沼にはまってしまったようで苦い日々に違いありません。

頑張らない、頑張れない、全部自分のせいです。目標が見つからないこと、やりたいことが見つからないこと、今更頑張ってももう遅いと決めつけてしまうこと、どうせ俺なんかに出来やしないと決めつけてしまうこと、スマホなどの娯楽に走ること、お金がかかるからと諦めてしまうこと、明日からやればいいやと先延ばしすること、全部が苦しいです。

甘ったれた生活の中にも苦しみがあります。たった一回きりの人生が何もなせないままに、どんどん短くなっていく焦燥感。

そういう人生の中で巡ってきたチャンスをなんとか掴もうとじたばたして、結局空振りしてしまいました。

全然まとまらない文章になってしまいました。

今日の出来事

こんばんは

最近、わらび餅のドリンクが流行っているらしいです。全く存在を知らなかったので、その飲み物が流行の波のどの地点にあるのかすらわかっていません。一時、タピオカドリンクが流行りましたよね。勝手にああいう感じだと理解しているのですが。

その飲み物の存在を今日知って、今日飲みました。感想はタピオカドリンクよりも美味しい。味わったことのない食感で一度体験しておいた方がいいかもしれません。


ところでここ最近ずっと、vaundyの「踊り子」という曲が頭の中で流れていましたが、ぴたとやみました。

車を運転しながら、ラプラスの悪魔に思いを馳せ、ああこうなるのかと運命を受け入れました。しかしまた、こうならない運命もあったはずだという線も捨てきれませんでした。

私の頭の中で、踊り子が近づいてきたり離れていったり、動いていましたが、はたと動きを止めてしまいました。私が止めたのですが。ちょっとまた動き出したら、私としては面白いのですが。