工場労働者の雑記

もう少し頑張りたい三十代の日記です

夏の野球の思い出 前半

 夏なので夏の思い出を書きます。

 私は夏が好きだ。夏が好きというか夏特有のノスタルジックな雰囲気が好きだ。そんな夏好きの私だが、高校2年の夏休みは地獄を経験した。

 私は野球部に所属していた。なかなか一生懸命やっていたと思う。それがたたってか高校1年の冬に怪我をした。高2の夏まで練習を休まなければならなくなった。

 3年生が引退した直後くらいから私は練習を再開しはじめた。通常、野球部は冬に体力トレーニングをする。それは夏の豊富な練習量に耐えるためのトレーニングでもあったりする。私はその冬のトレーニングに参加できなかった。夏の一番暑い時期に急に練習を再開した。

 夏休み初日、朝8時から午後5時くらいまでの練習だった。思えばあれが地獄の初日だった。かんかん照りの中、白球を追いかけて走り回った。練習後のグラウンド整備の時にはフラフラだった。これは限界だとはっきりわかった。監督からは「この夏休み、今日よりきつい日はないから安心しろ」と言われた。それだけが希望だった。

 それからしばらくの練習は体力的についていけなかった。しかし、そんなことは言ってられない。あの頃の私に休むとか辞めるとかの選択肢はなかった。あの夏は酷暑だった。帰りの自転車もふらふらになりながら、この用水路に浸かったらどんなに気持ちいいだろうかなどと考えた。精神的にも限界だった。

 疲れに効くというグレープフルーツやアミノ酸飲料などを摂取したが何の効果もなかった。あの夏はなぜかお腹を下しっぱなしだった。食欲もなく、とにかく水分を求めていた。それのせいだと思っていた。

 この夏はいつまで続くだろうか、早く終わらないだろうか、と考え始め気が滅入った。野球部なんか引退してエアコンの利いた部屋で冷え冷えのコーラをたらふく飲んだらどんなに気分がいいだろうかなどと夢想していた。明日も明後日もその次もその次も馬鹿みたいな日差しの下で野球をやらなければならない。

 そして、体力的にも精神的にも限界の状態で夏休み最大のイベント、東京合宿を迎えることとなる。つづきます。