霧中暗中ブログ

夢も希望もない三十代の日記です

会社の出入りの激しさに思うこと

 中途で今の会社に雇ってもらえて3年と7か月が経つ。私が今いる部署。入ったころと今では人が大分、様変わりした。入った時からずっといる社員は女性一人。それ以外の社員はやめたり、新しく入社してきたり、移動だったり。先日も女性社員が一人退職した。

 私は何度も前の現場のリーダーにもう辞めたいと伝えてきた。その度に辞めなくてもいいのではないか、十分頑張っている、今のままでいいと諭された。そういう励ましをもらって今も私はこの会社で働いている。そう励ましてくれた当の彼はもうこの会社にはいない。

 今のリーダーに変わってからも、相変わらず私は辞めたいという意向を何度か伝えたことがある。一度、今の部署から移動させてほしいと願い出たことがあった。リーダーもそういうふうに動いてみると請け合ってくれた。

 ほぼ同期に近く仲良くしていた別の部署の男性社員がこのたび退職することとなった。彼のいた部署というのは、私が移動したいと希望していた部署だった。一人人員が空く。さて誰が入るのだろうか。実はもう決まっているのだが、私ではなかった。最初聞いた時はむっとしたが、なぜか思いのほか腹は立たなかった。もうどうにでもなれ。

 今まで、経験した職の中での勤続年数は最長で1年半だった。短いもので半年。今の会社に約3年半勤めて、この歳でようやく、会社の出入りの激しさを知った。ころころ職を変えていたので気づかなかった。そう考えると、私が定職に就けない人間であることが、そんなに悪い事ではないのではと錯覚する。みんな辞めたり入ったりしている。それでいいのではないか、と。

 入ったころのシフト表を見るとメンバーが様変わりしていて、なにか感慨深いものを感じる。大げさだが、時代の流れを感じる。たった3年半だと、笑われてしまうかもしれないが、私からしたらよく頑張った方なのだ。よくここまで頑張った。生き残った。そう感じる。

 私は社会的に見てどういう人間なのだろうか。いつも人と比較しながら生きているくせに、全体は見えない。なぜ、こんなに不安なのだろうか。不安定なのだろうか。みんな嫌々ながら必死で働いているんだ、と、誰かに言われたわけじゃなく、私が勝手に思っているのだが、その言葉が頭に浮かぶとなんとなく心が沈む。私は弱い人間だ、もっと頑張らなければ、そう思わされて落ち込む。そういう日々のなかで、理由はともあれ辞めていく人をみると、すこし心が落ち着く気がする。いつでも辞められるのだ。もう少し頑張ってみようか。